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チラシの裏

多方面にネタバレを含みます。

〝慈悲とは、恵みの雨のように、天からこの大地に降り注ぐものだ。〟

※本記事は3月に書いたけど投稿忘れて放置してたやつのサルベージです。

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仕事がこれまでになく忙しくなってきてグエエーって感じなんですが、貧しても鈍するな!の精神で、隙間時間は読書をしてインプットを絶やさないようにしよう・・というのがここ2週間くらいの生活体系になってきております。
どんなに忙しくてもプライベートな時間はそれなりに大事にしよう!の精神。

ってわけで、シェイクスピアのヴェニスの商人を読んだのですが、なるほどこれは「シャイロックの悲劇」という言葉があるのも頷けるなあという内容でした。自分が先入観を持って読み始めたのもあるんでしょうけど、もう読めば読むほどにシャイロックが哀れで哀れで…。『ユダヤ人である』と、いう理由だけで、こうも虐げ見下されねばならないのかと思うと。
シャイロック自身、決して高潔な人間ではない、ひんまがったところのあるおっさんなのですが、彼がこうやってひねくれた背景は「ユダヤ人である」という先入観に基づくいわれない仕打ちにあるのだろうなあと思うと、も~。財産も、娘も、信仰も失ったシャイロックのこれからはどうなってしまうのか?
主人公勢に視点を向ければハッピーエンドなんですが、どうにも胸糞悪いなあ…と感じてしまいました。

ただ解説文を読んでると「シャイロックは演劇作品において必要不可欠な悪役なのであり、その彼に〝シャイロックの悲劇〟などという価値観を持たせるのはよろしくない。」「時代性を鑑みれば、当時のシェイクスピアは〝シャイロックの悲劇〟を意識して作品を描いたわけではないので、現代人の尺度でシャイロックの悲劇性を説くのは誤りだ」と、書かれていて、なんともウ~ム…という気分に。
この解説が間違ってるとはいいませんけれども…。
ながーい時間をかけて、いろんな作品が淘汰されていく中で、現代まで生き残った「ヴェニスの商人」という作品について、現代人が現代人の尺度で「シャイロックは哀れだ」という感想を抱くことはには、それ相応の価値もあると思うんですね。
史実に照らし合わせて「その解釈はないし、作者にその意図はないよ!」って言う意見があるのはごもっともで、それも正しいとは思うんですが。

作中でポーシャの説いた〝慈悲とは、恵みの雨のように、天からこの大地に降り注ぐものだ。〟という言葉は実に美しいなあ~と思ったんですが、彼らがシャイロックに与える慈悲ってあくまでキリスト教徒という強い立場から行使されるもので、決して雨のような平等性はないよなあ。と感じました。

1 Comments

ともお says...""
はじめまして。
ヴェニスの商人読んだことないですが、実社会で言えば必要悪、物語のプロット上の都合でいえば主人公の動機付のために必要なキャラクターなんでしょうか。いずれにしても悪や陰あっての善と陽なんでしょうね。
2017.04.05 23:06 | URL | #- [edit]

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