FC2ブログ

チラシの裏

多方面にネタバレを含みます。

「美の巨人たち」について

毎週楽しみに見ている番組のひとつに「美の巨人たち」がある。
年度末はバタバタしていたので、久々に晩御飯を食べながら流していたのだけれど、
どうやら4月からはリニューアルで番組名も「新美の巨人たち」に変わっていたよう。
いざ再生して見ると、番組構成がガラッと変わっており、
アートトラベラーと呼ばれるゲストが美術館を訪問して作品を掘り下げる形式になっていた。

正直、いきなりの改変に、かなりショックを受けた…。

これまでの「美の巨人たち」は、小林薫・神田沙也加両名のナレーションを中心に、
学芸員や美術史家・画家・建築家などの考察を交えつつ、
いろいろな側面からひとつの作品に込められた思いを照らし出す構成だった。
決して出しゃばらない静かなナレーション。
主観的にならないよう配慮された考察。
たまに寸劇を交えながら面白おかしく楽しませるユーモア。
辻井さんのピアノも美しく、小林薫さんの詩的なナレーションも相まって、時には感動して泣ける回もあった。
たった30分の番組でこんなに感銘を受けるなんて。こんなものを作れるのはすごい…と、毎週見るのが本当に楽しみだった。

リニューアルでショックを受ける・合わないと感じるということは、
番組が狙っているターゲット層から自分が外れたということだと思う。
スポンサーの意向もあるだろうし、視聴率を確保しようとする中で、
スタッフの人も色々考えて「こうしたほうがいい」と思ってGOを出した結果なんだろう…。
今回のリニューアルはSNSでも結構炎上したようで、検索してみると、ちょっとしたニュースにもなっていた。
よかれと思ってリニューアルをしたのにこんな状況になってしまい、
スタッフの人たちはきっと多大なストレスも感じているのではないかと思う。
同じようにコンテンツ制作に携わる身としては、その点はとても同情する…。

ただ、私がこの番組を見ることは、もうないんだろうなあと思う。

この番組を真剣に見始めたのは、正直ここ1年のことだったけれども、
作品で紹介されたのをきっかけに美術館に足を運ぶこともあった。
(ルノワールの「都会のダンス・田舎のダンス」や、高村光雲「西郷隆盛像」など。)

時には、自分が普段自主的に見ない分野の作品にも興味を持つきっかけにもなった。
「美の巨人たち」のリニューアル前の最終回だった歌川広重「東海道五拾三次之内 京師 三條大橋」も、そんな作品の一つ。
歌川広重の作品がこんなに美しいとは知らなかった…。
構図の妙や、色彩の美しさ、描かれた人物たちのどことなくコミカルな動き。
なんて魅力的な絵なんだろうと、これまで教科書やカタログなどで見るだけでは気づかなかった魅力に気づくことが出来た。
番組中で紹介されていた展覧会には、是非行ってみたいと思う。

素晴らしい出会いをたくさんくれた、大好きな番組だった。ありがとう。

(…と言いつつ、やっぱりもう見れないのは悲しいので、再放送か、円盤の発売かをお願いしたいな~。無理かな~…。)

「ヒットラーのむすめ」感想

「ヒットラーのむすめ」という児童書を読んだ。
オーストラリアのとある田舎町で、スクールバスの待ち時間の暇つぶしに、「もし、ヒットラーに娘がいたら?」という架空のお話ゲームをはじめた子供たちの話。
近所の図書館で開催されたイベントで話題になった本らしく、タイトルに惹かれて読んだんだけども、先が気になってアッという間に読んでしまった。

お話ゲームを聞くうちに、主人公は色々な疑問を持つんだけども、これが中々深い内容で痺れた。

自分の親が、ヒトラーやポル・ポトのように悪いことをしたら、自分はどう止めればいいのか?
皆が良いと言っていることが間違っていると感じたら、どう異議を唱えたらいいのか?
悪い親の子供、悪い子供の親は、もれなく悪い人になのか?

お話ゲームをするうちにこんな疑問が頭を離れなくなった主人公の少年は、親や先生にこの疑問を投げかけるけれども、明確な答えは全く得られない。
「なんで朝ごはんを食べながらこんな質問をしてくるの?」と母親に邪見にされる場面もあるし、「僕たちのうちの農場はアボリジニーから奪い取ったものなの?それは悪いことではないの?」と聞いて、父親が機嫌を悪くする場面もある。

彼らを、不誠実な大人たちだ!というのは容易いけれど、自分が質問される立場だったら、どう答えればいいのか皆目見当もつかない。
歴史的な事実として、ナチは悪い、ヒトラーは悪いと言うのは容易いけれども、自分がその歴史の当事者で、大多数がその悪いものを支持するのが当たり前の世の中だったら、自分はその異様さに気づくことはできるのだろうか?全く流されずに正しさを保てると言えるだろうか?そもそも、その正しさとは、誰にとっての正しさなのか?
読みながら、色々と考えこんでしまった…。

また、主人公を通して色々な疑問を投げかけてくるお話ではあるのだけれども、教訓論だとか、説教臭さは全くないので、読後感はとてもいい。
このバランス感は素晴らしいと思った。

児童書は久々に読んだけど、面白い本がたくさんあるんだなーと思ったので、これからまた色々読んでみようかなと思った。

サンタクロースの大旅行

「サンタクロースの大旅行」という、サンタクロースの発祥から現在までを追った本を読んだ。
古今東西の神々や祭りの風習、村文化から家族文化への移行、キリスト教の聖人について、アメリカの大量消費社会および民族意識の形成、日本でのクリスマス文化の歴史、サンタクロースの国を宣言するフィンランドとサンタの関係…などなど、200ページたらずの本だけど、多分野に言及していてすごく面白かった!

サンタクロース=キリスト教の文化だと思っていたけど、厳密には聖ニコラウスはあくまで起源のひとつで、世界中の色々な伝承に存在する神や妖精といった存在が、アメリカの大量消費社会で融合して、第一次世界大戦以降ヨーロッパをはじめとした全世界に逆輸入されて定着した概念だった…というのがわかったのは衝撃だった。
日本でのクリスマス文化=戦後にアメリカから輸入された文化というイメージがあったけど、厳密には明治・大正期には都市圏には浸透していたのが、戦争でリセットされた状態だったというのも驚き。結構古い文化なんだな。
終盤は、サンタクロースの国・フィンランドにおけるサーミ人をはじめとする少数民族の問題や、東西勢力に挟まれた状況でフィンランドが国家としてのアイデンティティを維持する中でサンタがどういう役割を果たしているか?っていう部分の作者の考察が奥深くて面白かった。
(ちょっと深読み感もあったけどw)

多分野に記述が広がりすぎて、ひとつひとつの分析が浅いという感想もあるようだけど、「サンタクロースってなんなの?」という疑問に対していろんな方向から示唆してくれるのは個人的にはよかったかな。
自分で、「作中でさらっと触れてたあの話題について調べてみよう。」って選択肢が出来たし。

本を読んでいると、これまでの人生経験から、なんとなく「そうなんだろう」と思っていたものが、実は全然違った!というのを知れて面白い。
そして、誰かがめちゃくちゃ頑張って調べたことを本という形でまとまった情報として読めるのは、すごくありがたいなあ…。もちろん、一つの情報を鵜のみにしてはいけないのだけど。

ライトスタッフ

友人からブルーレイを借りたので「ライト・スタッフ」を見ました。
米ソ冷戦時代に行われたNASAのマーキュリー計画に従事したオリジナル7と呼ばれる宇宙飛行士たちの映画。

実は大学生の頃、TOHOシネマズの午前十時の映画祭でやっていたのを見ているので、これは2回目の視聴。
正直、学生時代に見た時の感想は、「評判ほど面白くなかったな…長かった。お尻が痛い…」と、いうものだったので、今回もどうかな~と思いつつ見始めたんだけども、これがびっくりするほど面白かった。
マッハ1を超えるために限界に挑む空軍のテストパイロットたちのエピソードは熱すぎるし(チャック・イェーガーのかっこいいこと!)、宇宙開発でソ連に後れをとって焦りまくるアメリカ政府の思惑から本格化するアメリカの宇宙開発までの流れがすごく面白い。
オリジナル7は目立つ人とそうじゃない人がいるので、もう少し全員にスポットがあたればよかった気もするけど、そうすると上映時間がえらいことになるので、あれでよかったのかも。

オリジナル7の中だと、ジョン・グレンがとてもかっこよく…。
宇宙飛行を目前にした彼の奥さん(吃音持ち)が、副大統領やテレビ局からインタビューを求められ、困り果てて彼に電話するシーンで「副大統領だろうとテレビ局だろうと嫌なら断れ。僕が100%君の後についている!」と言うところは特にかっこよくて、何回か巻き戻して見直してしまった。
ジョン・グレンは、98年にも77歳の高齢ながらディスカバリー号に乗って宇宙に行っている、現状だと史上最高齢の宇宙飛行士でもあるので、彼の初フライトのシーンはなんだか感慨深いものがあったり。

たぶん、自分の感性が学生時代とは少し変わったのもあるだろうし、この1年で宇宙関連の本をいくつか読んでいたので、作中の登場人物が誰だとか、起きている現象の理由とか、そういう裏の情報を読み取れて、作品を理解する解像度が一気に上がったおかげもあるのかなあと思う。
いやー…もう一度見て本当によかった!!

---

「ライト・スタッフ」を見ながら、「王立宇宙軍」を彷彿とさせるなーというシーンがいくつかあったんだけど、やっぱ参考にしてたりするのかな?
「王立~」は地球によく似た架空の惑星で、人類発の有人宇宙飛行に挑むおっさんたちのアニメ。
すごく地味だけど、これもすごくよく出来てて、面白くて大好きな映画。

将来に対する唯ぼんやり した不安

時代の流れというか、技術の進歩があんまり早すぎて、この流れに死ぬまでついていけるのか?と、最近はちょくちょく不安になってます。
若いうちはノリと感性でなんとなくついていけてたものも、年を取るとどんどん脳細胞も衰えてきて、理解も遅くなっていく。これからどんどん年を重ねていく中で、更に加速度を増していく世界に対して、自分は今の地位を保ったまま、自分が望む人生を生きていけるのか?
こういう不安を持っている人って、わりといるんじゃないかなあ…と思ったりするんですが、少数派なんだろうか。

最近は「普通の生き方」って否定されがちだけど(普通という価値観そのものが押し付けがましいという感じ?)、個人的には大量の人間が限られたリソースを活用しながら生きようとすると、「普通」っていう社会規範みたいなものはあったほうが便利だと思うんですけど。
でも逆に、「普通は●●だよね」って価値観のせいで苦しんでいる自分もいたりして、これが結構難しい。
かのアインシュタインは「常識は18歳までに身に着けた偏見のコレクションだ」と言っていて、この言葉はなるほど正しい。と思いつつ、でも人間なんて自分の中の偏見を個性と呼んで生きていく生き物なんだし、最大公約数的に決められる普通の概念って、自分がそっから外れるとめちゃくちゃしんどいけど、全くない方がこうむる不利益が多いように思ったり。
perfumeの歌の歌詞に「みんなが 言う「普通」ってさなんだかんだで実際たぶん真ん中じゃなく 理想にちかい」というのがありますが、確かに普通って理想だと思う。
でも、だからこそ、やっぱ共通認識としての普通=理想ってあったほうが楽なんじゃない?と思うんですけど…
それは思考停止と怒る人もいそうですが、普通=理想なら、それを維持するのって実は大変なことなので、普通になるための努力するって行為が必要になるから、悪いことはないと思うんです。
ほら、社会人になって見ると、自分の親が普通にサラリーマンで稼いで自分の養育費捻出して…って生活を20年だかなんだかやってるのって実は大変なことだったんだなと気づくのと同じでさぁ…そういうアレでソレですよ。(日本語が下手)

ただ、こういう考え方って、とても旧式的なのかも。
と、すると、自分はすでに世の中の流れについていけてないのか…?
とかとか、いろいろ考えていると冒頭の不安につながってくるわけで…。


調べものとかする時は、すぐネットで調べたり、現地に行かなくても予約が出来たりするのはすごく楽ちんで、いい時代に生まれたな―と思ったりもするんですけど。
便利すぎて、情報は過剰に入ってくるし、本来は触れずにすんだものに触れる機会が増えたり、返事がちょっと遅いとイライラしたり、無用に夜中にスマホ触って無為な時間を過ごしてしまったり…失っているものも多い気がするんですよね。

あー、もっと時代や技術の流れがゆっくりした時代に生まれたかった…などと思うこともしばしば。
でも、多分どの時代に生きたって生きづらさや苦労は絶えずあるんだろうけど…。
(むしろ、現代って人類史を相対的に評価すれば、だいぶ生きやすい世の中なんだとは思うんだけど。)

色々と考えては凹んだり元気になったり。中々…楽しいけど、生きづらい時代だなあと思います。